熊中・熊高のシンボル「銀杏」
熊中・熊高の徽章である「銀杏」。明治39年(1906)4月9日に制定されたこの徽章の由来については、「江原会会報創刊号」に、「熊本中学校徽章の意義について」という文章を本校旧職員野田赳夫(中14)が寄せている。そこには野田初代校長からの手紙が載せられており、済々黌時代からの桜に代わって銀杏を採用された野田先生の気持ちがよく伝わってくるので引用してみよう。
拝復 昨夜は失礼仕候。徽章の意義は銀杏城にちなみ銀杏を以て熊本県(肥後)の伝統的固有の美風を代表させ、熊本中学を以てその美風を維持し養成する所の正統的本拠とする抱負を寓したる次第にて、玄関前に桜と銀杏樹を栽えたると同様に候(桜は無論日本全国を代表し、大和魂即日本精神を代表させ銀杏は熊本の精神を代表させたるものに候)。それがため、門柱を熊本城に縁あるものを建てたる次第に候。 草々頓首
5月30日 野田 寛
野田 糾夫 様
これは昭和10年5月29日夜野田寛先生を訪問申上げ種々御高説を拝聴した際、談偶々熊本中学校徽章の問題におよび、後になり念の為、書翰に
ておたづねしたのに対する先生の御返事である。
このようにして出来たのが熊中の徽章で、熊高はそれを若干のデザイン変更で継続して使っているのである。また済々黌以来の伝統である寮についても、図のような襟章が明治41年(1908)10月1日に制定されている。これも一見してわかるように銀杏のデザインに「寮」の文字を入れている。
なお、校旗が制定されたのは昭和6年(1931)9月29日で、10月30日に樹立式が行われている。






