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江原会史 (熊中・熊高百年史より転載  ※内容は平成12年当時のものです。

 
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第三節 熊高江原会の誕生(1)

戦後しばらくは、江原会の活動を示す資料が残っていない。
戦後、江原会は「幹事」による運営から会長制へと移行した。いつからかは判然としないが、「八十年史」は昭和二十五年前後と推測している。「八十年史」によれば、昭和三十二年(一九五七)発刊の名簿の「江原会消息欄」昭和二十八年六月欄に既に「斉藤江原会長」の文字が見える。斉藤宗績会長は熊本中学1回卒である。
昭和二十五年(一九五〇)名簿発刊。今村恒吉(中26、後の江原会副会長)が、終戦直後の焼け野が原での名簿整備には大変な苦労があったと語っている。現物は残っていないが、製本したものではなくプリント製であったことが、昭和三十二年に発刊された次版の名簿から分かる。
昭和二十八年(一九五三)野田寛先生米寿祝賀会。
昭和二十九年(一九五四)野田寛先生ご逝去。江原会葬。
昭和三十一年(一九五六)野田寛先生御墓石献碑。この碑は熊本市神水(くわみず)二丁目に現存する。御墓碣(ぼけつ)の題字は江原会長斉藤宗績(中1)、墓誌の撰(せん)および書は高森良人(中12、熊大名誉教授)によるものである。
昭和三十五年(一九六〇)創立六〇周年祝賀。この時、四つの記念事業が行われているが、うち、「野田先生伝」刊行と、江原会名簿の作成が江原会で行われた。
「野田先生伝」は、沢田有志夫(中15、後の第二代会長)執筆による。同年十一月出版され、十二月八日には完成祝賀会が行われている。

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