江原会事務局

HOME > ライブラリー > 江原会史

江原会史 (熊中・熊高百年史より転載  ※内容は平成12年当時のものです。

 
トップ |江原会のあゆみ |江原会史
第三節 熊高江原会の誕生(2)

江原会会報第一号、第二号は、それぞれ昭和四十二年(一九六七)、昭和四十四年(一九六九)に発行された。題字は江原会長斉藤宗績、題字背景の図案は美術教諭神宮司正(高2)、記事は事務局の鈴木日出男(中39)が中心となって編集した。しかし、校務多端であるためと、印刷費・送料等の点から、第三号以降は発行されなかった。現在の江原会会報は、その後昭和六十年(一九八五)に再スタートしたものが現在に至っているものである。
昭和四十五年(一九七〇)創立七〇周年祝賀を行う。野田寛先生、福田源蔵先生の胸像が作られたのはこの時である。制作は熊本彫刻界の大先達であった田島亀彦氏、野田先生胸像再建記の筆者は高森良人(中12)、福田先生胸像碑文の筆者は玉城康四郎(中33、東京大教授)、書は斉藤宗績会長であった。
創立七〇周年では、大洋文化ホールで回顧展覧会も行われた。校舎や服装の変遷図、書画、写真、アルバム、賞状賞杯、往事の風物を示す品々に、四千名以上の入場者を集めた。記念の絵はがき、スタンプも作られた。
また、祝賀大同総会が初めて実施されたのもこの時であった。出田勝利委員長の元、周到な準備を行い、熊本市体育館に全国から千二百人を集め、盛大に行われた。
昭和四十六年(一九七一)、会長斉藤宗績、副会長高木亮(中8)が辞意を表明、副会長に新たに今村恒吉(中26)吉村一郎(中29修)藤井輝彰(高2)が選出された。会長については斉藤宗績が一時会長代行を務め、選考委員会を設けて検討した結果、翌昭和四十七年(一九七二)沢田有志夫(中15)が第二代会長となった。

会長の杖(つえ)

 

Copyright © 1999-2012  Kogenkai Office  All Rights Reserved.  ■江原会事務局 TEL/FAX: 096-362-5866