江原会事務局

HOME > ライブラリー > 江原会史

江原会史 (熊中・熊高百年史より転載  ※内容は平成12年当時のものです。

 
トップ |江原会のあゆみ |江原会史
第四節 江原会この20年(5)
(四)江原会事務局の移転
 昭和六十年度までは「八十年史編纂(へんさん)室」として現在の熊本高校東小会議室を使用し、江原会事務局(外海事務局長)としても兼用していたが、「八十年史」発刊は済み、一方前述のように江原会が会費をとり、「会報」も復刊することになり、事務局を学校校舎から移転して江原会事務局専用とする必要が生じた。新事務局(旭事務局長)は、江原会館の二階のラウンジルームとして使われていた部分をガラスの扉で仕切ったもので面積約二十平方㍍。昭和六十一年(一九八六)五月二二日に移転が完了した。設計は江原会館の設計者でその年の春黄綬(おうじゅ)褒章を受賞された故野中卓(中45)、工事は増永宏吉郎(高2)、事務機は藤井輝彰(高2)がそれぞれ担当した。なお事務局に専従事務員をおくことも幹事会で承認された。

(五)「青年江原会」
 昭和六十一年(一九八六)「青年江原会」が、江原会の下部組織として「正式に」認められた。が、実はその活動はそれより十数年さかのぼるものである。以下に見るとおり、その活動は盛んで多岐にわたり、江原会全体の動きにも大きな影響を与えてきた。
 平成四年(一九九二)以降は熊本江原会の下部組織と定義されたが、活動面では今も県の枠を越えたものも多い。
 なお、青年江原会は、毎年度幹事学年が変わるため、事務局も変わる。平成十年度事務局は、高木宏一郎(高30)
℡096ー378ー4722であった。最新の連絡先は江原会事務局℡096ー362ー5866(fax.兼用) に問い合わせられたい。青年江原会のホームページアドレスは次の通り。
 http://www.hmc.gr.jp/~s-kogen/

「青年江原会」の発足
 「青年江原会報」一九八二年号によれば、「青年江原会」という組織は、昭和四十六年に江原会の若者有志が集い、六回の設立準備会議を経て、翌年の昭和四十七年(一九七二)三月十八日に発足したとある。当時、熊中・熊高の卒業生は、お互いの面識もなく、生活自体が個人的で仲間意識がなく、先輩と後輩との結びつきがかなり弱いという風評があった。特に熊高卒の若い層にその傾向が強いとも言われた。青年江原会の設立は「なにもせん江原会」と呼ばれていた親会に対抗して、せめて若い者だけでも同窓生としての連帯と友情を深め、積極的に日常活動を行いたいという趣旨であった。「青年江原会報」創刊号には、第一回発起人会は紅蘭亭において仲井徳定(高十一)など二十五人で行われたこと、準備委員会が五回も開かれた模様が、かなり詳細に述べられている。そして同誌の冒頭には、沢田一精知事(中39)、河端脩前副知事(中40)、山田繁江原会事務局長(中32)はじめ各氏が、青年江原会昭和四十七年出発の祝詞を述べている。
 発足当初の青年江原会は原則として昭和三十一年卒から昭和四十年卒までということであった。年一回、年度始めに総会を開き、講演会、ボーリング大会、新年会などの例会が開かれた。昭和五十八年から学年対抗ソフトボール大会、昭和六十年には熊高グラウンドで大運動会、昭和六十一年の公開シンポジウムなど多彩な行事が行われている。
 青年江原会の会長は、第三代三重野会長から任期は一年となった。群雄割拠する江原会である。マンネリズムを廃するためとはいえ、一年交代制とはなかなかの見識であると言われている。そのため各年度とも先輩の業績の殻を破ろうと趣向を凝らし、若者のエネルギーに満ちている。平成十年度までの歴代青年江原会会長は次のとおりである。

歴代青年江原会会長

 

Copyright © 1999-2012  Kogenkai Office  All Rights Reserved.  ■江原会事務局 TEL/FAX: 096-362-5866