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江原会史 (熊中・熊高百年史より転載  ※内容は平成12年当時のものです。

 
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第四節 江原会この20年(6)
青年江原会と藤崎宮例大祭への参加
 「青年江原会」というと藤崎宮例大祭とは切っても切れない行事と思われるが、発足当時の雰囲気は現在とはかなり異なったものであった。青年江原会が発足して三年目、せっかく設立したものの「なにか一つ物足りない」という声があちらこちらから聞かれるようになった。一方、当時の藤崎宮例大祭はといえば、今でこそ熊本市民熱狂の的となっているが、昭和五十年の当時としては、まだ馬の数も少なく、参加団体も六団体程度に激減し、市民の関心も薄く、ボシタ(現在は「どうかい、どうかい」)のかけ声も、秋風身にしむうら寒さであった。例大祭への参加の真の目的は、青年江原会に活力を吹き込むことのほかに、年々さびれゆく郷土の祭りの復興へ尽力しようというけなげな心意気でもあったという。
 最近の例大祭に対してのフィーバーぶりは高校OBの参加によるものであることは衆目の一致するところだが、「青年江原会」の藤崎宮例大祭への参加が決議されたのは、昭和五十年(一九七五)三月秋のことであった。高宮宏初代実行委員長(高10)は、「我々の参加決定と同時に、済商会(済々黌商工会)も参加を決定したので、二同窓会の同時参加ということでマスコミが大きく取り上げ、一気に市民の注目を集めるニュースとなりました」と「青年江原会報」復刊九号に述べ、そのあとに初参加の際の悪戦苦闘の苦労談をくわしく述べている。かくして高校OBは二校をもって誕生することになる。昭和五十四年には八校になり、やがて平成十年現在は、高校OB会だけで十六団体、全部では六十二団体にまでになったのである。



[特別論文]

 

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