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江原会史 (熊中・熊高百年史より転載  ※内容は平成12年当時のものです。

 
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第四節 江原会この20年(9)
イートン校への関与
 熊本高校とイートン校との交流が年々太い絆(きずな)となりつつあることは、熊本高校史に詳しく述べられているが、そのきっかけを作ったのも、青年江原会であった。
 青年江原会は平成四年(一九九二)から、「ディスカバー士君子」と銘打ったシンポジウムを毎年開いて、熊本高校生および卒業生つまり江原会員のアイデンティティの源を探求してきた。その過程で、初代校長野田寛先生が、イートン校の教育方針が自分の考え方と符節を合わせるものだと共感し、大いに我が意を強くされた、という事実が皆に浸透し、イートン校の存在が大きくクローズアップされてきた。
 イートン校こそ士君子教育の源流の一つといえるのではないか、しかも向こうは五百年の歴史を刻み、世界的に著名な人材を輩出している大先輩校である。一度イートン校を見てみたいものだ、こういう気持ちが会員の中でだんだん高まってきた。そうした中、熊本日英協会の理事でもあった石原靖也青年江原会長(高24)が、サー・ボイド英国大使を招待しての日英協会主催パーティの折り、熊本高校とイートンとの由来を告げ、「是非同窓会でイートンを訪問したい」むねを伝えると、ご本人もイートン校の出身である大使自身が両校の橋渡しを約束、夢が現実味を帯びてきた。
 大手旅行業者とのパック旅行とは違い、自力で団体旅行を企画することには、さまざまな面で多くの困難が伴った。人数を少しでも増やそうと、当時英国の温泉保養地ハロゲートと姉妹都市提携の可能性を探っていた山鹿市職員二名も団体に加えた。現地での手配はロンドン熊本県人会のウィリアム・モモコ氏にお手数をかけた。何度も会議を開き、日程、各自の役割分担、持参する土産品など、話を詰めていった。そのなかで、空港での荷物受け取りに便利なように、皆同じラゲッジバンドを使おうという話になり、ついでにバンドに記念になる刺繍(ししゅう)をしよう、ということになった。寺本 哲(高24)が探してきたラテン語のフレーズがINTERRESSSE NOBILI(高貴なる欲求)であった。
 参加者は次のようである。
 石原靖也(高24)、奈保子夫人、寺本哲(高24)、豊住賢一(高24)、中山泰吉(高27)、林田淳一(高29)、清村正弥(高29)岡英生(高29)、田河吉治(高30)、田端俊久(高31)、伊藤由美子(高36)、橋本満州雄(高5)、紀子夫人、田中素美氏(田中英一(高24)夫人)
 平成六年十月十一日から十月二十日までの日程であった。
 ロンドンでは、在住の江原会員が歓迎会を開いてくれた。その中には、イートンと熊本中学・熊本高等学校と何の関係があるのかといぶかる会員もあって、年代によってイートン校に対する意識の違いがあることがわかった。
 イートン校は一年のうち半年ほどは観光客に校内の一部を開放している。この時期は非解放の時期であったが、訪問団は特別扱いを受けた。女性ガイドが校内を案内し、日本語科のダミアン教授が応対をして下さった。土産には参加した豊住賢一(高24)の義父が打った天神の能面、藤崎宮例大祭用の青年江原会の法被(はっぴ)などを送った。
 次の年イートン校事務総長ワトソン氏とハイ氏が熊本高校を訪れた折りも、この際の訪問メンバーを中心とした青年江原会のメンバーがよく動いてくれ、訪問の成功に貢献した。
 平成十年(一九九八)十月二十一日から二十四日までのイートン校ボート・チームの来熊の際も、夜の歓迎レセプション、江津湖での初の親善レースが終わってからのイートン校ボートの購入など、大きな役割を果たした。また、イートン校と熊本高校の両方に、それぞれ相手校の校章を肥後象眼で刻んだ懐中時計を記念品として贈呈した。
 こうした青年江原会員の積極的な活動が、現在の高校生の交流へとつながっている。

 

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